先日、書いた記事↓
実家で、段ボールにずっと入ったままのお雛様、ついでに弟の五月人形?兜も手放しました。
エコリングで、二束三文で引き取ってもらう。
メルカリに出品。
神社での供養。
と、この辺りを調べまくって、悩んで悩んだ結果。
まさかのそのどれでもない方法で、手放しました。
まず、私の弟の兜なんですが、ガラスケースに入っていて、取り出すと、ガラスケースの中にさらにいくつかの箱が入っていました。
つまり、飾るたびに、兜や小物を並べて、しまうときにまたそれぞれの箱になおすタイプの物でした。
正直、言うと、私の弟は東京にいて、母が入院中もほぼ見舞いに来なかったし、いろんな事情があるとは言え、いろんな意味でそっけなく感じていて、弟の五月人形に関しては何も感情がなかったんです。
ガラスケースの処分は父に任せ、兜などの飾り数箱をエコリングへ持って行きました。
たしか、120円だったはず^^;
で、私のお雛様は、何となく情も出てきてしまい、行動にうつすまでに時間がかかりました。
まず、メルカリ。
誰かに使ってもらえるかも・・・
しかも、売れてるものもある。
ですが、半世紀ほどの前の物、配送中に壊れたりしないか心配。
お雛様とお内裏様とあとは小物という小さいものと思っていたけど、まぁまぁ大きい。
送料もかかります。
手間暇かけたうえ、相手さんにちゃんと届くか心配と、不安要素でやめることに。
弟の五月人形が120円だったエコリングも、この時点で何となく気持ちが覚めてしまいました。
で、残すは、神社で人形供養してもらうことが有力候補にあがりました。
が、これもいろいろあって、迷います。
まず、メルカリでも思った送料。
我が家の場合は、どこへ送っても最大サイズのようで、大きさによっても、供養してもらう費用も違うんです。
供養する費用が、数千円~2万近くまで。
それに、送料は別のところもあり、思ったよりお金がかかるなと思いました。
弟の五月人形は、ガラスケースと飾り物が分けれたので、このタイプだとかなりコンパクトになります。
ガラスケースごと処分となると、かなり費用が高くなるようです。
ガラスケース抜きの人形類だけだと供養してくれるところも多いのですが、ガラスケース込みだと限られてきます。
そう、私のお雛様、ガラスケースに入って、取り外しがまったくできないタイプだったんです><
月に決められた時に供養してくれるところもあれば、証明書を後日送付してくれたり、いろいろありましたが、どこがいいのか、なじみのない神社等に送るのもどうかと思い始めたところ、私の住んでいるところの近くでもやってることを知りました。
が、供養される日が、4月のある1日だけ、しかも受け入れ時間も数時間だけ。
持ち込みのみという、とても限られた条件で、こちらも泣く泣く諦めました。
私一人では持って行けないし、夫が仕事かもしれない。
4月まで家に置いておくには、場所をとりすぎると思いました。
で、再び、ネットで調べていたら、自分で供養して処分された方がいて。。。
結局、私もそうすることに決めました。
自分で供養?
特に何のことはありません。
自分で最後手を合わせて、感謝して、処分することです。
えぇ、ごみとして処分しました。
過去、私は飾っていたぬいぐるみを処分したことがあります。
喘息がわかったころです。
愛着もあったものでしたが、息子も生まれたばかりで、少しずつ手放した記憶があります。
それと同じです。
基本、大事なものを処分するときは、白い紙を用意し、気持ちばかりのお塩を振って、紙で包んで、それだけのごみ袋を用意して、手放していました。
さすがに、大きな紙がないので、実家で眠っていた薄いピンクの布を使って、お雛様、お内裏様は一緒に、他の小物も同じものはまとめて、いくつかに分けてくるみました。
手を合わせて、感謝の気持ちも込めて。
ガラスケースは、粗大ごみに、お雛様たちは普通ごみに分類されました。
段ボール箱は、資源ごみです。
あれ?我が家のお雛様は、ガラスケースに入ったものだったはず。
夏休み中の息子に、必死に解体してもらいました^^;

解体風景。
雑に扱ってほしくないので、息子も慎重にしてくれました。
古い段ボールのにおいが、独特なにおいを発していたかと思っていましたが、ガラスケースの中も同じようなにおいをしていました。
何が正解かわかりません。
でも、自分で、いろいろ調べて活論を出せたのでよかったと思っています。
余談ですが、私の亡くなった母は、私よりも弟をかわいがっていました。
ひな人形と五月人形、ランドセル、学習机など、すべて弟の方が豪華で、値段もかかっていました。
しかも、私の前で、弟の方が・・・という言い方をしたこともあり、何とも言えない気持ちになったこともあります。
最終的には、病気ばかりの母に、女の子を生んでおいてよかったという事を言われたことがあります。
この言葉を聞いて、また何とも言えない気持ちになったこともあります。
長々とお付き合い、ありがとうございました。