続きです。
中国のパビリオンを出たのが、9時頃だったかな。
終わりが、10時までだったので、もうどこにもよらず、帰ろうと意気込む私。
夫は、ちょっとだけでも食べない?という感じでしたが、出てから食べよう。
とにかく、万博で食べても、調べてないし、夫に量が少ない、味がいまいちとか言われると、キレそうだと思ったので^^;
疲れてきてるときに、あーだこーだというのが夫なので、私の疲れ倍増、家族の平和のために、早く地元に戻りたかった私。
せっかく万博きたんだし、夫も疲れてるだろうしと、優しい気持ちになって、夫の何気ない一言で、不愉快になることが過去にもあったので、ご飯は地元でと思っていました。
結局、いつもの食べなれた味の方が夫は、おいしいというのですよ。
生姜焼き定食、唐揚げ定食、牛丼でもいい、その辺を食べさせればOKなんです^^;
で、帰宅する人たちがぞろぞろ駅へ向かいます。
人数が多いので、ゆっくり蛇行しながら。
どういう感じなのかは、背の低い私はよく見えませんが、とりあえず前の人の後に続くだけ。
あるとき、ぴたっと止まる。
・・・
・・・
一歩も動かなくなり、あれ?っと思う。
周りも、そんな感じ。
スマホを見る人がたくさん。
唯一の電車が、止まってる・・・と。
ざわつく人達。
しばらくして、アナウンスが
大阪メトロの電車が止まっていますと。
もう、がーん!!
疲れてるところに、人混み、立たされたまま。
いつ、電車が動くんやろう?
そして、同じアナウンスが数回。
電車止まってますばかり・・・
それは、わかったけど、このままの状態は、ちょっときついなぁ。
万博の会場に一度戻してくれない?と思うばかり。
そこで、夫に、ほらぁ、やっぱりご飯でも食べてゆっくり帰ればよかったやんという一言(怒)
最終的には、会場に戻るんですが、その時間は長く感じましたね。
同じアナウンスばかりで、で?このままの状態なの?って周囲もざわついてました。
何しろ、人が多いから、移動するのも大変です。
きっと、万博の担当の人?仕切る人もどうする?ってなってたんでしょう?
ゆっくり、再び入場する形になりましたが、万博の中に取り残された人たちは、外に出ようと待機していました。
運動会でいう騎馬戦?戦のような感じ^^;
もちろん、争うことはなく、会場に戻りました。
みんな疲れ果てて、地面に横たわる人も。
密集の中、立たされたままだったので、空気も悪くて、解放された感じ。
夫も横になり、息子は靴を脱ぎ。
もし、母が生きていたら、最悪、ついてないと連呼していたと思います。
確かに、私も最初、うわぁ、最悪~と思いました。
が、もう、どうすることもできませんよね?
電車も動きそうにない、しかも、乗り換えてきていたので、仮に中央線が動いたとしても、帰れないのですよ、家まで。
電車をあきらめ、タクシーやバス、迎えに来てもらう、なんなら歩いて、他の電車をめざすなど、いろんな人がいたと思います。
そして、あきらめて、残る人も。
何が正しくて、いい判断かは人それぞれ。
ただ、そういうことになるなんて、想像してなかったから、どれを選んでも大変と言えば大変と思いました。
で、私はというと、昔の私なら、もう、嫌だぁと母のように嘆いてたと思いますが、開き直りです。
夫に、大屋根リング行ってみない?というも、体力の限界で、横になっていて、却下されました。
そう、こんな日付が変わろうとしてる時間、昼間なら絶対にできないであろう、横になったり、万博の会場で地べたで座ってるなんて、経験できないと思ったんですよね。
嘆いてもしょうがないから、何なら楽しみたいとすら思ってきましたよ。
夫も息子も、それより休息したかったようで、ノリが悪かったのですけど。
あとで、ニュースで知りましたが、踊ってる人とか、お酒飲んだりして、楽しんでるひともいたようですね。
やっぱり、同じようにしょうがないと開き直ってる人もいたようですね。
その一方で、困ったのが、飲むもの、食べるものがないこと。
自販機には、長蛇の列。
コンビニなどの店が閉まってるのが痛かった。
もうね、ちょっとした災害です。
おむつもなくて困った人もいたようです。
そして、駅に向かうまでに、しばらくまたされたことからか、体調不良を訴える人も多くて、救護室は人が多かったです。
救急車のサイレンの音がずっとなっていました。
女性や子供が運ばれてることが多く感じました。

再び、万博会場へ入って、座りこむ私たち。
この写真の後ろ、右、左にも同じように、人がたくさん、座ったり、寝転んだりしていました。